自分のこと

内向的な人間の役割

社会人になってから悔しい思いをたくさんしてきた。仕事でも会社行事でもいろいろと嫌がらせを受けてきた。どんな場でも必ず私をいじってくる奴がいてその他の人間はヘラヘラ笑ってるという状況になる。中にはなんでコイツがいるのかという顔をして睨みつけてくる人間もいた。

そもそも会社とは何かと考えると、それは人間の集団であり各人間に特定の役割が与えられたものに過ぎないということである。役割とは本来各々に課せられた仕事であるべきだが現実はそれだけではない。虐めたり虐められたりといったことも役割に入ってくる。

ある時期までは自分が内向的な性格で暗いからいけないんだと思っていた。無理に明るく振る舞っても本当の性格は長くは隠せない。自分は場面緘黙なためその場の顔ぶれによっては全く喋れないというのもある。このことは普通の人間には絶対に理解できない。

私が内向的な人間だから悪いのか?最近はそうではないと思い始めている。それは私に対して嫌がらせをしてきたり陰口を広めたりしない人もいるからだ。実際そういう人の中には臆することなく話せる人もいる。私の性格のことなど気にもとめていない人達は逆に付き合いやすい。内向的な人間は集団に馴染めない、というより馴染まないようにできているのだ。そういう役割を与えられているのだと思う。

仏教に怨憎会苦(おんぞうえく)という苦がある。嫌いな人間にも出会わなければいけない苦しみである。2600年もの昔から人間の本質は変わっていないのだ。これからも変わることはないだろう。人間の集団ほど残酷で醜悪なものはないが、その中で自分の役割を演じていくしかない。

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内向型人間が命ある限り生きていく

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